コスト削減至上主義
病院経営の改善の失敗例としてよく挙げられるパターンは確かにある。
・トップダウン強制型
経営陣の独断で経営改善が進められ、同意が得られず内部分裂、もしくは反発により改革が進まないパターン。離反者が出ることや、No.2に支持層が集まり場合によっては、クーデターのきっかけになることも。
・船頭多くて船山に登る型
改革のリーダーはいるものの、職務分掌が明確でないために、正しい分掌規定の範囲を越えて取り組んでしまう、もしくは、プロでない部署が指揮を執ってしまうパターン。結果、船頭は多くなり、まとめる監督者は不在で、迷走するパターン。
・理想論先行型
BSCやSWOT分析から入り、全員野球として一丸となって立派なMMV(ミッション、ビジョン、バリュー)を作るが、本丸の具体策やKPIが無く、諦めムードとなり、時間だけが過ぎていくパターン。
・コスト削減至上主義
人件費や材料費、委託費、設備投資凍結、交際費禁止など、隅々までの行き過ぎたコスト削減により、職員の疲弊感が増し、退職者が増えて、サービスの質が落ちることによる患者数減をも招く。
など、これらをきっかけに、目的が経営改善だったものが一向に改善しなかったり、更なるスパイラルを呼んでいたり、ということは確かにある。
ただ、その考え自体が改革を止めているケースもあるのではないか。
先の「コスト削減至上主義」のケースでは、コスト削減を悪とする人は一定数いるが、職員の疲弊感はあるとしても、本当に退職を招く直接要因なのか?取り組みの目的やモチベーションが維持される風土がなかったからでないのか?
職員数の減少が、すぐさま患者数減に直結するのだろうか?論理的な直接関係や相関のデータが取られたと思えないし、その統計データはそうであると判断するに値する統計の数があるデータなのだろうか。収益の減少ならば直結するであろうが。
それが「コスト削減に取り組まない理由」になってしまっていることもよくあるように思う。確かに、枝葉末節まで取り組んでいては、携わる関係者は辟易とする。共通理解が得られやすい項目で進めていくべきだろう。この間も、あるグループの薬剤の切り替え品目を聞いて、その薬剤を変えて全体にどれほどの影響があるのだろう?と考えてしまった。
話を戻すが、コスト改善はアクションがあってこそ、初めて改善がされるし、放置されればそのまま高止まりするか、より高くなるのは自明だ。コスト削減至上主義で、コスト改善自体を悪としてしまうと、取り組む意欲自体を阻害してしまう。
経営改善は当然のことながら、費用削減だけではダメであるし、収益の点も見ながらボトルネックを把握したうえで効率よく、取り組む必要がある。効率的、と言えば短期で今までの医療の質を担保しながら経営改善を図れるのは、むしろコスト改善だ。
経営者は、自院での発信の仕方には十分な配慮が必要だ。

