エスカレーション交渉
交渉手法について「デッドヒート理論」やABC分析の話など記載したが、やはり大きな役割を果たすのは「エスカレーション交渉」だ。
何と言っても良い条件を引き出すために、必要なことは担当者にいかに汗をかいて頂けるかだ。担当者が社内で良い条件を引き出してくれなければ、コストを抑える結果に跳ねることはない。
担当者の性格やキャラクターというのも、交渉を成功させるための重要な要因であるのは紛れもない事実だと思う。真面目な方なのか、一生懸命な方なのか、ポイントを捉えて話すことができるのかできないのか、要領が良い方なのか、自分の求めるレベルに対する妥協点をどれほどの位置に置く人なのか。その人に刺さるポイントや喋り方があるのか。その観察は担当者と人間関係を構築していく中で、把握すべき情報だ。真面目なだけでも困るし、妥協点が低い人でも当然困る。各要素をある程度、兼ね備えていると助かる。
普段からその上手なキャラクターであれば、社内交渉もきっと上手であるので心配はいらない。しかし疑問符が付く場合は、やはり別の担当者と交渉するということも選択肢だ。
不思議なことがあった。
2020年のコロナウイルス感染拡大下の医薬品交渉は、我がグループも例年より成果の出た年だった。当然薬価改定の年であるのだが、薬価の引き下げ率を差し引いても、大きい成果があった。
タイミングとしては2月のダイヤモンドクルーズ号に始まるコロナウイルス感染拡大から初の緊急事態宣言を受け、医療機関は患者源と費用増で経営的なピンチを迎えていたタイミングでの薬価改定交渉だった。この年ばかりは各卸とも要求に応えようとしてくれる誠意をいつも以上に感じ、はたまた要求以上の成果を出してくれた。従来より交渉が容易に進むのでなんだか変だぞ、と感じるときだった。今、思えばメーカー、卸とも社内交渉が医療機関の状況が伝わりやすいし、理解がしやすかったのだろう。コロナウイルス患者の受入で医療従事者への支援の輪も大きくなっていった。
環境が後押しした例だと思われる。このときは、担当者の思いが取引先社内にも伝わって成果に結実したと感じた。
卸やメーカーの理解を得るために、どう交渉するか。担当者の能力や知識で難しい場合は、判断する権限を持つ上席に一緒に来てもらって同席してもらう、エスカレーション。この手段が交渉手法の一つになる。
裁量権のある、上席に同席してもらうことで交渉が進展することは良くある。取り組みをお互いに真剣に捉えている証でもあるので、先方の上席を求めることは担当者にとっては失礼だが、行っていけないルールはない。勝負どきにはエスカレーション、というカードを切るべきだ。毎度毎度、同じ手が使えるわけではないが。
実は部下と同行する上司は、心理的にも良い顔を見せようとすることが、人間なのでありうる。交渉する側に厳しいことを言ってくるケースには、腹を割って本音を話しているということである。また、こちらの要求にどう答えてどう対応して、どう社内でたちまわるかは部下からも背中を見られているので、手をぬいた変な対応はできず、ある程度、真剣な対応になる可能性は高い。その場は持ち帰って、実際は担当者任せの社内交渉にも、進展は気になっているはずだ。担当者自身も、当たり前だが上司が内容を詳細に把握している案件なので、社内交渉を手を抜くことができない。エスカレーション交渉はこのようなメリットがある。
エスカレーションの相手が部長や役員だとなお、話は早い。年度末や年末には役員や部長が、挨拶だけに訪れる日本の伝統的商慣習があるが、ある程度フィルターはかけつつも、アポイントを自分の上席にも取って丁寧に対応することを心掛けている。
先方の上席を把握することで、ここぞというときのカードとなる。普段の交渉から人と人の交渉、企業と企業の交渉なのでそれぞれが、どのような立場に置かれているか俯瞰することは、交渉の上でも非常に重要な要素と思う。
単なる「上を連れてこい」って話だけど、戦略カードのひとつとして認識しているのか、意図せずやっているのかで結果は変わってくる。